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相手のタイプを踏まえたネゴシエーション(交渉)(田嶋 英行 教授)

2024.03.05

1.職場の人間関係

 ネゴシエーション(交渉)というのは、仕事をするなかで、わたしたちがつねにおこなっているもののように思います。家族といった、いわば自然発生的に生じる(生じた)集団と異なり、職場は徹頭徹尾、利害関係によって成り立っていると思えます。もちろん職場においても、個々の利害を度外視した「友情」も、ときには生み出されることもあるでしょう。でもたいていの場合は、職場内の関係性であれ、職場外の関係性であれ、究極的には互いに、Win-Winの関係性を維持していくことが必要でしょうし、もしそのような関係性を続けていくことができなければ、遅かれ早かれ、そのなかでうまく仕事を続けられなくなってしまうでしょう。労使の交渉の場のような明確な利害の調整でなくとも、職場の人間関係は、互いが譲るところは譲り、譲られるところは譲られるという互恵的な関係性を構築していくことが求められると思うのです。

2.BATNAとZOPA

 ネゴシエーション(交渉)というと、よく引き合いに出されるのは、BATNA(Best Alternative To Negotiated Agreement)、すなわち「交渉で合意が成立しない場合の最善の案」であったり、ZOPA(Zone Of Possible Agreement)、すなわち「この範囲であれば交渉が妥結する可能性がある範囲」であったりします。つまり利害関係が衝突しているときに、互いが自身のベストな要求を出し合ったままですと、決して合意に達することがないので、互いのセカンドベストで折り合いをつけようとしていき(BATNA)、さらに互いのセカンドベストを囲った範囲(ZOPA)のなかで、何とか両者が合意に至ろうとすることの重要性が強調されるのです。たしかに教科書的には、ネゴシエーション(交渉)においてこれらの概念が重要だということはわかりますが、実際には、交渉相手の価値観やそれに付随する相手の感情に目を向けないと、うまくまとまらないように思います。

3.類人猿診断

 職場の構成員の価値観やそれに付随する感情を明らかにする方法として、YPYエデュケーションが開発した「類人猿診断」というプログラムがあります。以下に挙げる4つのタイプのうち、自分がどれに一番近いと感じるかというシンプルなものですが、筆者自身はこの分類に非常に説得力があると考えています。そしてそれらは、以下の4つとなります。

(1) 感情を表に出し、かつ人生において大事なのは勝利したり、達成したりすることと
  考えている。
(2) 感情を表に出さないが、人生において大事なのは勝利したり、達成したりすること
  と考えている。
(3) 感情を表に出すが、人生において重要なのは、他の人びとの調和である。
(4) 感情を表に出さず、かつ人生において重要なのは、他の人びととの調和である。

 この「診断」によると、人間はおおまかにこれら4つのタイプに分けられるといいます。そして遺伝的に人間に近いサルである類人猿、具体的にはチンパンジー、オランウータン、ボノボ、ゴリラの性格が、順番に上記の(1)~(4)に当てはまるというのです。(1)はチンパンジーの性格、(2)はオランウータンの性格、(3)はボノボの性格、(4)はゴリラの性格に似ているタイプとして分類できるのだそうです。

4.ネゴシエーション(交渉)と人間のタイプ

 職場においてネゴシエーション(交渉)をおこなう際には、相手のタイプを充分に踏まえておこなう必要があるでしょう。たとえば相手がチンパンジータイプだった場合、「交渉で合意が成立しない場合の最善の案」(BATNA)で合意点を探ろうとしても、「人生において大事なのは、勝利したり、達成したりすること」という価値観をもっているのであり、したがってそもそも、交渉のテーブルにのってこないこともあるでしょう。また穏便にネゴシエーションを進めようとしても、感情を表に出しがちですので、かえってこじれるかもしれません。またゴリラタイプであった場合、感情を出すことなく、かつ「人生において重要なのは、他の人びととの調和である」という価値観を重んじているので、気兼ねして、自分のセカンドベストをなかなか出してこない、ということも考えられるのではと思います。ということで、たしかにBATNAやZOPAといった概念は重要ですが、それらを使ってネゴシエーション(交渉)を実際に展開していく場合には、交渉する「相手」や価値観、そして感情を充分に考慮していくことが求められると考えられるのです。

5.ディスカッションの重要性

 このように、職場におけるネゴシエーション(交渉)という1つのトピックを考えてみても、教科書や専門書を読むだけでは、実際に使えるスキルにはなりにくのではないでしょうか。他の人びととのディスカッションをもとに、これまで述べてきたような「検討」をおこなっていくことが求められるのでは、と思います。さらには検討した「結果」を、実際に職場で試してみることも必要でしょう。専門職大学院での学びは、一方的にレクチャーを受けるだけでなく、他の受講生とディスカッションしつつ検討をおこなうことによって、教科書(テキスト)上の知識を改めて、「活きたスキル」として身に着けていくことにあるのではないでしょうか。

(参考文献)
YPYエデュケーション 「類人猿診断とは」(https://www.ypyedu.co.jp/classification/ 2023.12.6)

 

この記事を書いた人

■田嶋 英行 准教授
■担当科目
フィールドワーク特講 課題プロジェクト研究
■研究テーマ
実存主義ソーシャルワーク(existential social work)の研究
クライエントの「存在」を基盤にしたソーシャルワークの研究‐実存論的分析論をもとに‐
アクティブ・ラーニングを通じた「福祉サービスの組織と経営」の教育

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