旧岩崎邸庭園
旧岩崎邸庭園(きゅういわさきていていえん)
旧岩崎邸庭園は1896年に三菱3代社長・岩崎久彌の本邸として建てられた。広大な敷地に20棟があったが、現在残るのは洋館・撞球室・和館の3棟である。洋館は英国人建築家ジョサイア・コンドル設計による西洋木造建築で、繊細なデザインが特徴。撞球室は当時では珍しいスイス風の木造建築である。
和館は書院造を基調とし、床の間や襖絵などに明治期の日本画家の手による作品が残り、純和風建築の趣を伝えている。庭園は「芝庭」を中心とする近代庭園初期の姿を示している。旧岩崎邸庭園は国の重要文化財に指定されている。



【建物と人の物語】
設計者 ジョサイア・コンドル(1852~1920)
ジョサイア・コンドルは1852年に9月28日、イングランドのロンドン市で生まれ、若い頃に建築を学んだ。1876年にイギリスの建築協会で優秀賞を受け、その後1877年に明治政府に招かれて日本へ来た。到着後は工部大学校(現在の東京大学工学部)で教師となり、日本の学生に建築を教えた。彼の教えを受けた辰野金吾や片山東熊などが、のちに日本を代表する建築家に成長した。コンドル自身も設計活動を行い、旧岩崎邸をはじめ、鹿鳴館や帝室博物館など西洋風建築を日本に広めた。岩崎家第4代当主の小彌太は帝国大学を任期退官したコンドルを三菱社の顧問として招き、三菱関連会社の設計にあたらせた。お雇い外国人と呼ばれる、西洋諸国から招かれた知識人、技術者の多くが雇用契約の任期切れにより解雇され、帰国を余儀なくされた。そうした中、コンドルは岩崎家との深い関係により、日本での建築活動を継続することが可能となったため、日本に骨を埋める決意を固めた。
1920年に麻布三河台町の自邸で亡くなるまでの約40年間、建築家・教育者として活動を続け、日本の近代化に大きな役割を果たした人物であった。1920年にコンドル博士が逝去すると、帝国大学や建築学会などで追悼会が行われ、その功績が広く称えられた。1931年には博士の設計図やスケッチ、論文をまとめた『コンドル博士遺作集』が刊行された。これにより、博士の建築思想や業績が次世代に伝えられ、日本建築界における重要な人物として伝えられている。
【住所】
東京都台東区池之端1-3-45
【URL】
https://www.tokyo-park.or.jp/park/kyu-iwasaki-tei/index.html
【 アクセス】
東京メトロ千代田線「湯島」駅(C13)1番出口より徒歩3分
⚠︎ベビーカー・車いすの方は3番出口のエレベーターを利用
東京メトロ銀座線「上野広小路」駅(G15)徒歩10分
都営地下鉄大江戸線「上野御徒町」駅(E09)徒歩10分
JR山手線・京浜東北線「御徒町」駅 徒歩15分
駐車場:車椅子や障がい者の方専用スペース1台あり。一般車は近隣の公共駐車場を利用。
【 開園時間】
午前9時~午後5時
(入園は午後4時30分まで)
【休園日】
年末年始(12月29日~翌年1月1日)
【入場料金】
一般:400円
65歳以上:200円
小学生以下・都内在住在学の中学生:無料
【定時ガイド】
実施日:毎日(ただし5月4日、7月16日〜9月15日、10月1日は休み)
時間:午前11時、午後2時(各回約45分)
【ドラマの撮影】
[謎解きはディナーのあとで]、[貴族探偵]、[龍馬伝]など。
【参考文献】
旧岩崎邸庭園ウェブサイト(閲覧2025.10.2)
https://www.tokyo-park.or.jp/park/kyu-iwasaki-tei/index.html
文京ふるさと歴史館, 2021, 『コンドル博士と岩崎家四代-101年後の和魂と洋才―』文京ふるさと歴史館.










